セッションハウス35周年フェスティバル ― 記憶と未来 ―
35周年に寄せて
皆様からのメッセージ
2026年9月19日(土)-9月27日(日) 神楽坂セッションハウス
1991年の開館から35年。セッションハウス35周年フェスティバル ― 記憶と未来 ― の開催にあたり、ゆかりのある皆様からいただいた35通のメッセージと、代表・伊藤直子のご挨拶を全文掲載しています。
セッションハウス35周年を迎えて
想像もしない「今日」を迎えることができました。
明日が来るかもわからない“バブル崩壊”の中での出発。経験も人脈もない私たちにあったのは、「こころざし」だけ。
「“お互いの顔が見える”“お互いの息遣いが感じ合える”小スペースの魅力を再認識し、演者と観客がお互いにオーバーランしていける場所を」
設立時、伊藤孝は「セッションハウスアピール」にこう記したのでした。
そこからの紆余曲折は、それまでの人生で経験したことのない日々の連なり。
平凡なダンス好きから、好きか嫌いかわからないほど、ダンスという嵐にもまれました。
しかし、35年!
セッションハウスを設計した建築家が「建物は集まる人が作り上げます」「泥船に乗ったつもりで」と送り出したセッションハウスは、沈まず、今もここに立っています。
ダンサーや演者、スタッフの汗を吸い込んだ重厚なコンクリートの壁が、確かに今もどっしりと35年目を受け止めてくれています。
50年前、ダンスを始めて意気揚々としていたころ、出会った舞台に心をつかまれ、「神様に出会った」と興奮した笠井叡さんと山田せつ子さんが、未来に向けて踊ります。
その才能に魅了された若者たちが成長し、次世代のダンサーたちに未来を託す。苦楽を共にしてきたダンサー、スタッフが共に今を踊り、創る。
そんな「今日」を迎えられる喜びは、ありがたいばかりです。
そして、何よりも受け入れ、支えてくださる街の皆様!
神楽坂という街が育んだ縁が、伝統とまで結びつき、時代をつなぎ、人をつなぎ、私の想像力などはるかに超える「今日」が、今ここにあります。
観て下さり、支えて下さり、出会った皆さますべてに感謝いたします。
この「今日」をまた誰かが、何年も後の「今日」につなげてくださることが、私と、ここまで一緒に作り上げてきたスタッフ全員の願いです。
「今日よりいい明日がある」と信じて走った昭和の時代。その勢いをそのまま繰り返すのではなく、それでもなお、良い未来を願うダンサーたちの志が、新しい時代をつくっていくことを祈ります。
セッションハウス 代表 伊藤直子
35周年に寄せて 皆様からのメッセージ
(五十音順・敬称略) お名前をクリックするとそのメッセージへ移動します。
35周年に寄せて
これほどダンスに影響を与え続けている劇場を僕は他に知らない。
石渕 聡コンドルズ
この35年間、セッションハウスはダンサーの登竜門であり、ダンスを伝道するカテドラルであり、ダンサー達が帰ってくることができる我が家であった。これほどダンスに影響を与え続けている劇場を僕は他に知らない。
35周年に寄せて
ダンスを通して記憶と希望を未来に繋げる
井上 節子和歌山文化支援協会理事長
奇跡の35年に
時代が内包している陰と陽を曝けだし、さらりと鋭く今の時代に問いかける。さまざまな人が集まり、交差しながらダンスを通して記憶と希望を未来に繋げる確かな表現力に魅了される。
心地よいカルチャーショックこれからも期待していきたい。
マドモアゼル・シネマに寄せて
どのからだも美しい。
岩瀬 成子児童文学作家(岩国市在住)
いつからか、わたしたちは「からだ」とは内臓状態と体重のことだと考えてしまっていたが、マドが気づかせてくれたのは「からだは、わたし自身である」ということだった。
どのからだも美しい。その動きに、いつも感動する。
35周年に寄せて
昨日のことのように鮮明に思い出します。
岡村 一志UDC2ndコーディ長/会社経営
セッションハウス35周年おめでとうございます。
UDCが続いていると聞いて嬉しい限りです。当時の記憶は今でも目を閉じると昨日のことのように鮮明に思い出します。
これからも末永く。なにとぞ。
35周年に寄せて
私が再び走り出した場所。あの床がとても好きです。
奥山 ばらば舞踏家
私が再び走りだした場所。あの床がとても好きです。
セッションハウス35周年、おめでとうございます。
コンテンポラリーダンスの様々に積み重なった歴史の中に、私の作品も一つの層となってますことは、本当に嬉しいです。
これからもよろしくお願いいたします。
35周年に寄せて
ダンス企画を観るとわたしのカラダも踊り出すのです。
笠井 久子天使館
セッションハウス35周年フェスティバルおめでとうございます。
あっという間の35年。35年前の私は、ピョンピョン跳ねながら……今は車椅子で周りの人に支えられてセッションハウスにダンスを観に行きます。
伊藤孝・直子夫妻のダンス企画を観るとわたしのカラダも踊り出すのです。
伊藤夫妻に感謝と乾杯❤
35周年に寄せて
このスペースから、一体どれだけの若い才能が世に羽ばたいたことか。
楫屋 一之神奈川県立青少年センター 支配人
創設「35周年」、誠におめでとうございます。
永年の活動、その成果と貢献に対して、心より敬意を表します。
このスペースから、一体どれだけの若い才能が世に羽ばたいたことか。ただただ、感服致します。
35周年に寄せて
この場所がなければコンドルズはなかった
勝山 康晴コンドルズ プロデューサー
この場所がなければコンドルズはなかった。
つまり、この国の何十万人もの人が生き辛さを抱えたままだった。
多様な幸せの始発点、セッションハウス。ありがとう。
35周年に寄せて
表現の深さ広さを導いてくださった場所
君和田 雅子ダンス愛好家・ダンス授業研究者/お茶の水女子大学附属中学校教員
セッションハウス35周年、おめでとうございます。
素敵な作品や出会い、踊る場を提供し続けてくださり心より感謝いたします。ダンスを志す教え子たちに表現の深さ広さを導いてくださったこの場所が、これからも輝き続けますように。
35周年に寄せて
セッションハウスは僕のこころのふるさとです。
楠田 健造ダンサー/振付家
天使のハンマーで打ち込まれた楔(くさび)のように、時空をこえて不時着した太古の宇宙船のように、神楽坂の急斜面に垂直に屹立して突如出現したセッションハウス。
ひとりのダンサーの姿が薄暗闇の中からスーッと立ち現れるように、青空の彼方と地球の最深部をたおやかに行き来する特別な場所、特別な現象。
そしてそこに自然と集まって来る愛おしい人たち。セッションハウスは僕のこころのふるさとです。35周年、おめでとうございます!
35周年に寄せて
伊藤孝さん直子さんは私のダンスのお父さんとお母さんです!
近藤 燈子鍼灸・マッサージ師/トレーナー/ダンサー
セッションハウスが出来て間もないころ、ホートンテクニックやバレエのクラスに通い始めました。
それから長い時間が流れ、まだ密なお付き合いが出来ていることは誠に喜ばしい。
伊藤孝さん直子さんは私のダンスのお父さんとお母さんです!これからも元気で心と体でダンスをしていきましょう!
35周年に寄せて
人を育てて、羽ばたかせてくれる場所。
櫻井 拓斗ダンサー・振付家・演出家
35周年おめでとうございます。
セッションハウスは私にとって原点であり、実家のような場所です。14年前小学生ダンスカンパニー「カモンウルフ」として21フェスで作品を発表しました。以来、実家のような温かさで見守り育てていただきました。
ただ、上演をする場所ではない。人を育て、羽ばたかせてくれる場所。こんなにも貴重な場所に出会うことができたことが幸運だと思います。今後の益々の発展と次世代ダンサーの発掘が楽しみです!
写真:Kenji Seo
35周年に寄せて
隠れ家ダンスは社会や世界へ繋がっている。
鈴木 加奈子一般社団法人セッションハウス企画室 制作(ボストン在)
地下の劇場で隣の人と肩を並べて観るダンスを、密かに隠れ家ダンスと呼んでいる。けれどそのダンスは社会や世界へと繋がっている。
この唯一無二を観るべき人に知ってほしく、海外からリモート制作。共に歩めることを嬉しく思います。
35周年に寄せて
また、次の挑戦をしに、神楽坂に参ります
鈴木 ユキオ・安次嶺 菜緒鈴木ユキオプロジェクト
35周年おめでとうございます
「舞踏でもない」「ダンスでもない」まだ名のない時代の私に場所を開いてくださって、そこから自分を少しずつ拓いていき、今も、こうしてご一緒できることをとても幸せに思っております
また、次の挑戦をしに、神楽坂にまいります
写真:Sakie Miura
マドモアゼル・シネマに寄せて
マドが来年も旅ができますよう
田中 映男元オーストリア大使
セッションハウスの35周年に贈る
神の遊び帝王の楽しみはタンツでした、とはウインのテアタ・オデオンの主宰ピプリッツ老がマドモアゼル・シネマの舞台を見て洩らした感想だとか
マドが来年も旅ができますよう
雲に入る鳥の運ぶや花のタネ
35周年に寄せて
安心して帰れる大切な港
坪内 菜央ダンサー/坪内一家主宰
セッションハウスは私にとって安心して帰れる大切な港。
今、4人の子どもに恵まれ、家族6人で全国にダンスと音楽を届けています。それができるのも、直子さん孝さんがいるセッションハウスで培った心と身体があるから。
言葉では言い尽くせない感謝と愛を込めて!35周年、本当におめでとうございます!!
35周年に寄せて
安心して冒険できる「不思議な場所」
徳永 梓ダンス愛好家
世界につながるたくさんの窓がある、ダンサーみんなの実家。
安心して冒険できる「不思議な場所」で、いくつものダンス、人との出逢いに心動かされ、その豊かさは今も私を支えています。
35年間、セッションハウスが在り続けてくれたことに感謝しています。
35周年に寄せて
多くのダンサーに栄養を与え、チャレンジする勇気を与えてくれる場所
豊永 洵子近畿大学講師/ダンサー
35周年おめでとうございます!
初めてのセッションハウスは、2階のギャラリーで行われた公演でのビデオ係でした笑 まさか、その時にはこんなふうに35周年を楽しみにすることになろうとは!!
「ダンサーとしてどうにか生きていきたい!」と願う若かった私を、常に優しく、温かく迎え入れ、背中を押してくれたセッションハウス。
35年前から!今も!日本のコンテンポラリーダンスという波に向かう、多くのダンサーに栄養を与え、チャレンジする勇気を与えてくれる場所が、次の世代にも影響することをいつも願っています!
ちなみに、私の東京おすすめスポットは、「神楽坂のセッションハウス」です!
35周年に寄せて
実家のような大切な場所
中島 加奈子(Haru)ムーブメントアーティスト/即興パフォーマー・舞踏家(アイルランド・コークを拠点に活動)
目隠しされても匂いでわかるほど通った(笑)私のダンス人生の原点。
ダンサーを目指す私に勇気と学び、素敵な出会いをくれました。今も踊り続けていられるのは、ここがあったから。
実家のような大切な場所、35周年おめでとうございます!
35周年に寄せて
ダンスと人に出会えばきっと好きになる場所
中島 詩織マドモアゼル・シネマ育休中
セッションハウスではたくさんのダンサーが踊って、伝えて、私もそのひとり。今は舞台から少し離れてしまっているけど、また帰りたい場所。
ふらっと寄ってみてください!!踊る人じゃなくても、セッションハウスでダンスと人に出会えばきっと好きになる場所です!
35周年に寄せて
人生で一番背伸びをした時間でした。
根岸 良和UDC4th団長・コーディ長/都立高校教員兼社会人大学院生
セッションハウス35歳おめでとうございます!UDC4th団長の根岸です。
大袈裟でなく昨日のことのようにセッションハウスでの思い出は鮮烈で、人生で一番背伸びをした時間でした。
今もあの素敵空間で踊り続けている人とセッションハウスにYELL!!離れていても声は届く!
35周年に寄せて
皆で一体となって作り上げる感覚
野沢 美和子セッションハウス初期スタッフ
私がセッションハウスに出会った時、30年後に自分がやりたいと思っていたことを、今、目の前でやっている場に出会った、という感動がありました。その初期衝動だけで突き進んだ気がします。
当時はダンサーも仕込みやバラシに参加するのは普通の事で、一つの公演を作者も演者も裏方も皆で一体となって作り上げる感覚がありました。作業中のコミュニケーションが本番の舞台にも反映されていた気がします。
本番当日だけでなく、制作や助成金の申請などもその時やれる人がやる、という時期もありました。
90年代はまだネット環境も十分でなく、公演やWSの宣伝はDM発送や折込が主体でした。劇場へ折込に行くと顔見知りが増えたり、楽屋口に詳しくなったり、思い返すと楽しい思い出です。
35周年に寄せて
これからもダンサーたちの拠り所であり続けますように。
早川(相馬) 秀美至学館大学 健康スポーツ科学科 教授
私にとってセッションハウスは、人の温かさに触れ、自分自身の表現と向き合えた、かけがえのない場所です。
マドモアゼル公演を控えてソロが進まず、直子さんに深夜まで一緒に創作していただいたことや、年末大掃除後にみなさんで食卓を囲んだことなど、昨日のことのように思い出されます。たくさんのダンサーの方々に出会い、今、思い返しても、私の人生で一番ダンスできていた青春時代だったと感じます。
35周年、本当におめでとうございます。セッションハウスがこれからもダンサーたちの拠り所であり続けますように。
マドモアゼル・シネマに寄せて
まるで鳥たちが歌ってくれたような夢見る感覚でした。
林 澄蓮・憲昭田並劇場代表
田並劇場にマドモアゼル・シネマがやって来た感動は、まるで外で囀る鳥たちがふと開け放った〝マド〟から入ってステップを踏みつつ歌ってくれたような、そんな夢見る感覚でした。
大樹セッションハウスからの囀りがこれからも森中に響くのを、耳を澄まして楽しみにしております。
マドモアゼル・シネマに寄せて
いつも旅と記憶そして夢がある
原田 文明美術作家(岩国市在住)
マドモアゼル・シネマの旅するダンスは激しい身体表現の連続性と音楽が繊細なストーリーで構成され深い感動と共感を呼び込む夢舞台といえる。そこには重要なメタファーとしていつも〈旅〉と〈記憶〉そして〈夢〉がある。
マドの記憶とともに35周年に乾杯!
35周年に寄せて
神楽坂の35年が未来120年につながる。
肥田野 登東京科学大学名誉教授/Artat Tokyo Tech Baal School創始者
私たちは、一人では生きていけません。
この一瞬があるのも、それを暖かく包む、過去と未来のおかげさま。この一所があるのも世界の、いや宇宙の広がりからのエネルギーのおかげ。
神楽坂の35年がサンディエゴ、韓国、ブルガリア、ブッパタールの未来120年につながる。
35周年に寄せて
時代を刺激する創造の場
平山 素子ダンサー・振付家/筑波大学体育系准教授
35年という歳月は、私がコンテンポラリーダンスと出会い、魅了されてきた時間と重なります。
この間、セッションハウスは多くのアーティストの創造性をくすぐり、受け入れ、送り出してきました。
その歩みに深い敬意を表します。これからも、時代を刺激する創造の場であり続けてください。
写真:森豊
35周年に寄せて
実家のような暖かい場所
藤田 善宏CAT-A-TAC/コンドルズ
大学卒業後、上京して最初に立った舞台がコンドルズ立ち上げ公演のセッションハウスでした。
あれから30年が経とうとしてますが、幾度となくお世話になりましたしお世話になり続けることでしょう。
此処はいつでも帰ることの出来る実家のような暖かい場所です。これからも沢山のダンサーたちの〝実家〟であり続けますように。
35周年に寄せて
踊りを通して時代が紡がれていく
本間 夏梨UDC22ndコーディ長/ダンサー・振付師/インストラクター
学生時代から関わらせていただき早6年、今でも繋がりを持たせていただいていることに大変感謝いたします。
踊りを通して時代が紡がれていく、私にとってセッションハウスは温かいホームです。これからも共にダンスを紡いでいけたら幸いです。
35周年に寄せて
凛として質量のある空気、胸がワクワクします。
宮 悠介振付家・ダンサー
一体幾つのカラダがここで生まれてきたのでしょうか。
凛として質量ある空気、肌がびりついて、いつも緊張します。だからこそ胸がワクワクします。
「記憶と未来」が押し寄せる挑戦と出会いの場が、この先も無数の踊りを紡いでいくことを願っております!
絵:櫻井拓斗
35周年に寄せて
20年分の関係性を産んだ劇場
三輪 亜希子尚美学園大学准教授/ダンサー/振付家/博士
20年分の関係性を産んだ劇場。
学生時代はUDCやソロ創作の分岐点、30代で尚美学園大学ダンスコース着任の際、最初のプレゼンもセッションハウスでの公演。今では履修者多数の名物科目になり、登竜門的劇場を伝承しています。
35周年に寄せて
絶滅危惧種的な大事な場所だと思っています。
村雲 敦子マドモアゼル・シネマ初期メンバー/女優
Session-house35周年めでたいです‼
懐かしい記憶の中にありながらも、目にすることのできた特別な場所が、言葉が風になるが如く消えてゆきます。そんな中で35年変わらず佇んでいるSession-houseは絶滅危惧種的な大事な場所だと思っています。
立ち上げ時からのブレない姿勢と、小劇場と言う顔の見える距離での作業が、35年のレールを引続けてきたのでしょう。
この電車の旅にわたしも、多少でも関われたことは感謝でありエキサイティングなことでした。
大切な場所は未来永劫であれ❗神楽坂の裏道のSession-houseの青い建物、その姿をこれまでも、これからも、留めていてくれることを切に願っています❗
35周年に寄せて
これは唯一無二の場所であります。
山川 正雄やまかわエンターテイメント(元シアターアブル)
セッションハウスはまさにHOUSE家であり、直子さんはじめスタッフさんは家族のようにあたたかい。
そこには優しさと安心感があり、それが出演者やお客様にも伝染して、皆んながセッションハウスファミリーになれる。
これは唯一無二の場所であります。素晴らしいことでございます。35周年おめでとうございます!
35周年に寄せて
あなたは私の青春そのもの
横尾 咲子演出家/ダンサー/紙芝居家/僧侶
人はみな おどりおどりて
縁つなぐ 今宵も熱き
あゝ神楽坂
直子さん 貴女の愛は
海越えて メキシコまでも
降り注ぎ舞う
おめでとう、セッションハウス
ありがとう、セッションハウス
あなたは私の青春そのもの












































































