Voice of Mochizuki Takahiro
セッションハウスで毎年「ダンスブリッジ」や「ダンス花」「シアター21フェスU25/U35」などで公演後に「メール感想会」を開くなど、作品の捉え方を研究分析する一方で、ダンサーとしても「ダンス花受賞者公演」や「ダンスブリッジ・トーキョーの阿国」などに出演してきましたが、作品を創り踊ることに籠めた想いを自在に語ってくれました。
『道化とダンス』トップスター望月崇博
書き出しから私ごとで恐縮なのですが、私には躾に厳しい祖母がおりました。とても怖い祖母で何度も頬をつねられました。今思うと父が長男、母は婿入り、祖父祖母と同居という状況でしたから祖母は我々兄弟の躾を一手に担ってくれていました。家庭はというと夕飯は全員でテーブルを囲み、食べ終われば居間で皆で団欒というThe昭和の家庭でした。そんな生活でしたので見たいテレビが見られるわけでもなく、、、。ましてや家族皆が大笑いすることなどなかったように記憶しています。ただ、土曜の夜に志村けんさんが出る番組(加トチャンケンチャンごきげんテレビだったかな?)を見る時だけは怖かった祖母が大笑いし、つられて皆も大笑いしていました。鬼のような祖母を大笑いさせるなんて!と思った次第でした(ばあちゃんごめんなさい。)。
さて、冒頭長くなりましたがこれが僕のエンターテイメントの始まりです。今回の執筆にあたり9月末のセッションハウス受賞者公演に出演した際に「モッチーのダンスからは道化の精神を感じるよ」とオーナーの伊藤孝さんがおっしゃってくれました。「今まで大切にしてきたことは間違っていない!」と思いました。そして『梯子の下の微笑』(著:ヘンリー・ミラー)をお勧めいただきました。それから数ヶ月後、このVoice of sessionの執筆依頼を受けたというわけです。というわけでせっかくの流れなので「道化とダンス」について書いてみようと思います。
道化は人を笑わせようとする行為、常軌を逸した行為やそれらをする人と定義されます。「梯子の下の微笑」はその道化役の主人公の真情の変化を描いています。少し紹介しますと主人公は非常に特殊な才能(人を笑かせることに関する才能)を持った人物で、特殊な存在に備わっている力を身に帯びなければならない、人を笑わせなければならないという意識から、自分でいながら自分以上の何かにならなければならないと思いつめ、名声と共に孤独になり、一度道化役から逃げ出します。自分という自我と演じるキャラクターが乖離したわけですね。それから少し経って、あるきっかけでとあるサーカス団に出会い、天幕を建てたり、支柱を動かしたり、馬に水を飲ませたりと周辺の手伝いをするようになります。そこで自分が満たされ、心が豊かになるのを感じていき自分自身を見つめ直します。 -かなり中略-
最終的には自分であることを見出す過程で、何者でもない人間に、あるいは何者かに、あるいはあらゆる人間になることは、決して自分自身になることを妨げるものではないこと、それならば徹頭徹尾、道化師であるべきだと悟るという内容です。近年関わらせていただいている若手ダンサー支援プロジェクトなどを見ていますと、コンテンポラリーダンス発展の重要な事柄の一つとして、ダンス技術の捉え方を見つめ直すことが挙げられるのではないかと思うわけです。これはダンサーだけではなく観客にも言えることで、いわゆるダンスの身体運動的なテクニックだけではない技術、例えば観客の視線を釘付けにする出立やその人の時間・空間になってしまうような間の使い方など、身体的な技術の狭間に介在する表現の可能性の黄金郷(石渕聡先生引用)を突き詰めること、そして観客と共有すること。これが実現されればダンスはもう一つ別の次元に引き揚げられると考えられます。
重要なことは創作過程で観客からどうやって見られているかを意識しているか、あるいは踊っているか、ここです!道化を引き合いに出していますが笑えるものを創るということではなく、創る、演じる過程で観客を意識しているかということです。現代社会において様々な情報があるということはとても有益で素晴らしいことですが、一方で画一されたものに向かってしまう危険性を孕んでいることも事実です。そこから離れ、自身の表現に必要な技術を見つめた先に「その人」が滲み出てくるようなダンスが生まれたとしたらそれは何物にも変え難い素敵なものだと思うわけです。
結びに上京してから志村けんさんの舞台(志村魂)を最前列で見る機会がありました。バカ殿の格好をして客席上段から階段を降りながら進む姿に観客は大爆笑。一転、舞台に上がり客席をひと睨みした瞬間、客席は静寂となりました。波紋のような光が放射されていたのは言うまでもありません。この一連の動作がもたらした表象は今でも色褪せずに浮かび上がってきます。そんなダンスがこれから溢れたらいいなあと思います。
望月崇博
ヴォイス・オブ・セッションハウス2024より抜粋