井上節子-アニュアルレポート2018

セッションハウス アニュアルレポート2018
森の中で新たな地平へ踏み入ったマドモアゼル・シネマ

2018年、マドモアゼル・ シネマは1993年の結成から25周年を迎え、記念公演「人生劇場」などを実施する一方、11月には和歌山県串本町での「森のちから」プロジェクトに参加。
熊野古道に近い森と海のある自然環境の中で、小学生たちや美術作家とワークショップを行い、それを映像作品として発表するという新たな体験をしてきた。プロジェクトの主宰者NPO法人和歌山芸術支援協会の井上節子さんと映像を担当した須川萌からのレポートを紹介する。

「森のちから]・未来の森へ」を終えて

 

森の力]

 2008年、中辺路町近露から始まった「森のちから」は、今回で10回目を 迎えた。この事業は、歴史と文化を育んできた熊野の豊かな森にアーティ ストを招き、滞在制作によって新しい視点から森の魅力を発見し、参加した人々と地元の住民との交流を通して、熊野の森の新たな魅力を発信する目的で続けてきた。アーティストの「ちから」と作品によって、普段何気なく見ていた風景が違って見えたり、気付かなかった気配を感じたり、そんな森からのメッセージを体感して欲しいと願って、プロジェクト名を「森のちから」とした。何より主催者である私自身が、森との出会いを重ねながら、ふるさと熊野の森に魅了され続けているのが事実である。

 

 3年前本州最南端の森の中で潮騒を聞きながら制作した作品を解き放ち、新たな創作に挑む美術家の大矢利香氏は、台風の被害にあった同じ森の中で新しい生命を繋ぐように時間を紡いでくれた。時間の移ろい、陽の動きに作品は姿を変える。潮騒や鳥の鳴き声が響く森で夕陽に染まる作品と静かに繰り広げられたマドモアゼル・シネマとのコラボレーション、息を呑む光景を体 感した。パフォーマンスが苦手だと話していた美術家は、作品からインスパイアーされたダンサーたちの肉体が内包している記憶や希望を基にした ダンスを凝視している。自然の中の作品(造形物)との融合、生命のやり取 りをしているかのような光景に、興奮気味に「凄い!苦手意識が払拭された」と、頬を赤らめたあどけない表情が忘れられない。 今回のテーマは「未来の森へ」。企画構想から森の中で子どもたちが遊ぶ 光景が頭から離れなかった。子どもたちとのワークショップも圧巻だった。 伊藤直子氏の空気を押すような柔らかい指導、ダンサーたちが持っている確かな表現力が初対面の子どもたちに素直に溶け込んでいく。子どもたちの直感は鋭い。「面白い」と興味を持つと、キラキラと好奇心が走り出す。 森の中で表情豊かにダンスする子どもたち、あの頭から離れなかった光景が重なった。ワークショップの最後に子どもたちが考えた物語のタイトル 「狼の神と赤頭巾」〜森から生まれた大きな力〜は、まさに理屈ではなく感 性が響き合ったのだと痛感した。  3年前2人のアーティストは、この地で海を渡った人たちに想いを寄せ ながら制作、森、ひと、まちを繋げてくれた。海を渡った人や記憶の未来はと考えた時、マドモアゼル・シネマのコンセプトと「森のちから」が繋がった。そして、3年前の2人の美術家との共演を決めた。それぞれの感性の響き合いが森からのメッセージを鮮やかに体感する機会を生んでくれる予感は、間違っていなかった。

 

田並劇場

林憲昭夫妻との出会いは2008年。
「森のちから1」の招聘アーティストとしての参加が始まりだった。この事業がきっかけで東京からこの本州最南端の串本で家族で暮らすことになった。2人は、田並劇場を4年間かけて修復させ、地域の交流にと頑張っている。この事業をアーティストに共通する感性で現地サポートしてくれる頼もしいサポーターでもある。 海を見ているとこの地の遠い記憶が聞こえ、振り返るとすぐ森。この希有な距離感、熊野の森の奥深さ、停まることなく巡る生命感をそれぞれのアーティストたちは体感し見事に創作してくれた。
それぞれのアーティストがお互いをリスペクトしながら刺激を受けた創造の現場は、熱く楽しい毎日だった。そんな機会に向き合えた至福の時間 は、新たな「森のちから」の構想に繋がりそうだ。

 

NPO法人和歌山芸術文化支援協会 井上節子

 

セッションハウスアニュアルレポート2018より抜粋
上写真:大矢利香制作の舟の前にて
下写真:田並劇場前にて撮影

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