ヴォイス・オブ・セッションハウス2020 楠田健造のオランダ通信
楠田健造「楠田健造のオランダ通信」
長年オランダのアムステルダムを拠点にヨーロッパ各国で活動し続けている楠田健造さんから、コロナ禍のオランダの様子を伝えるメールが昨年11月に送られてきました。
「僕の住むオランダも、そしてヨーロッパ全域もコロナ状況はなかなか難しい感じです。オランダは九州ぐらいの小さな国です。今日は11月1日ですが、オランダ国内の本日付けのニュース発表では、感染者の累計総数は359,861人、今日1日だけの死者は39人、累計死者総数は7,434人となっています。
そして舞台芸術関連も軒並みキャンセルや延期が続いています。公演ができるケースでも最大30名までの観客(1メートル50センチの間隔とマスク着用)が必須で、それすら難しい場合も多いのでキャンセルも多いです。レストランやカフェも閉鎖です。
僕はアムステルダム芸術大学のダンス専攻の2年生のダンサー10名のためのグループ作品の振付を依頼され、今週の月曜日から彼らとリハーサルを開始したばかりですが、学校全体がやはりコロナ規制の中で消毒・換気・マスク必須です。様々な学年・学科
クラスの幾つかでコロナ・テスト陽性の学生が増え続けており、僕の担当する2年生のクラスも最初の日には10名が全員スタジオに来てクリエイションを始めたのですが、翌日の火曜日には2名が大事をとって自宅待機、そして水曜日には新たに3名が自宅待機を命じられ、その結果10名のうち5名が自宅待機でZoomでのリハーサル参加、残り5名が僕と一緒にスタジオ現場でのリハーサル参加、という半々の状態で双方同時にリハーサルを進行しなければならない状況となりました。そして金曜日にはさらに自宅待機のダンサーが7人となり、学校から学級閉鎖の正式決定が出され、クラス全員がこれから10日間の自宅待機、ということになってリハーサルが途中で中断、全員が帰宅となってしまいました。来週からは僕も自宅からZoomで10人全員のダンサー達に振付しますが、全員がZoomですので逆に意識を一つにフォーカスしやすいかも知れません。何しろ初めてのことばかりなので戸惑うこともありますが、楽しんでやろうと思います。
再来週あたりにはスタジオで作品創りのリハーサルができるかもしれませんが、その場合もダンサー同士の距離を最低でも1メートル50センチ確保して、ダンサー同士の接触は一切禁止、裸足も禁止(清潔な指定されたシューズ、あるいは靴下は可)、手は消毒してから舞台に上がることが条件、手で顔を直接触らない、床に寝転がるのも要チェックで、衣装も素肌が床に触れないものに限定などなど色々な条件があります。うまくいけば公演は12月中旬の4日間です。お客さんは多くても各回限定20人ぐらいだと思います。1年生のクラスだけでも24人、2年生は僕の作品が10人、もうひとつ別の振付家の作品も7人~8人は出演者がいて、加えて照明や音響スタッフの人たちや先生方など関係者も入れると劇場内はすでに多すぎるほどなので、お客さんの数はもっと少なくせざるを得ないかもしれません。更衣室や待合室をどうするのかなど課題はたくさんあり、そもそも上演出来るのかすら誰にも確実には予想できないのです。
11月1日 楠田健造」
オランダの状況は今年2021年の3月時点で、総感染者数は延べ100万人超、死者も1万5千人超となっていますが、その後の報せでは楠田健造さんが振り付けて12月に上演予定だった学生たちの公演は、直前になってキャンセル・延期となってしまって、何とも形容しがたいほどの無力感・空虚感に襲われたと言うことです。しかし厳しい制限下でも彼はネザーランド・ダンスシアター(NDT)にゲスト講師として招かれてワークショップをしたり、ドルドレヒト大聖堂で無観客でミュージシャンとともにソロ・ダンスをライブ・ストリーム配信したり、コロナ状況下でのアート・プロジェクト企画に参加したりなどの活動を続けてきたとのことです。そして最近の様子を次のように伝えてきてくれました。
「オランダでは2020年の12月中旬から更にかなり厳しいロックダウンが施行されるようになり、夜間外出禁止令も加えられて、
今では3月31日まではロックダウンの延長が決定しています。コロナ規制法案に反対するデモや暴動もしばしば起こっています。時には囁くように、時には叫ぶように、色々な意見が交わされています。世界は停滞しているようでもあり、同時に大きく揺れ動いているようでもあります。スーパーや食料品店や薬局など以外は全ての店舗が閉まっています。当然ながら劇場も昨年の12月からずっと閉まっています。コンサートもダンス公演も全てが中止されて、オランダでもなかなか見通しのつかない日々が続いています。
すでに問題視されていたBrexitや世界各国の政情不安や国策の違いがますます浮き彫りに表面化してくる中に拍車をかけるようにコロナ・ウィルスの困難を極める状況が加熱していく現在、これまでは国同士の行き来が比較的に自由で緩やかだったEU、ヨーロッパで「国境」と言うものの存在がこれほどまでに強烈に意識されることになるとは思ってもいませんでした。現在のコロナ状況下ではオランダから隣国ベルギーやドイツに陸路で移動するのだって大変です。ましてや飛行機で空路、海を越えて国境をまたいで交流する、と言うのは更に大変なことです。国境も言語も民族も超えて国際交流でお互いに行き来して出会いながら学び合い刺激し合うことを大切な活力源として発展してきたダンスという表現芸術、これまで先人が苦労して少しづつ開拓してきた世界中に広がる国際的パフォーマンスのマーケットや劇場や国際ダンスフェスティヴァル、世界各地で行われるダンス・ワークショップのネットワーク、これまで国際留学生を多く擁することで発展してきた世界中のダンス・アカデミーや芸術大学、ダンス教育機関のネットワークなどにとっても今日の世界規模のコロナ状況は大きな課題です。そして何よりもライヴで生で体験し、空間を共有することで感性を練磨し肉体化しながら共時的に学び合って花開いていくようなダンスという希少動物のような稀有で儚く不可思議な愛すべき活動とそれを愛して集まってくる人たち、そんなダンスを通じて出会うべく人たち同士がもっともっとお互いと出会えるような世の中になっていって欲しい、と切に願うばかりです。
日本も緊急事態宣言やコロナ渦の様々な課題の最中で本当に大変な状況だろうとお察ししています。それでも、世界中の皆で心を合わせて、ゆっくりとたゆたう大海のように呼吸を合わせて、この難しい期間をなんとか皆で力強く乗り切っていけるであろうことを強く信じています。
2021年3月12日アムステルダムにて。楠田健造」
ヴォイス・オブ・セッションハウス2020より抜粋