竹之下たまみ 100年先に何を残すか Voice of Takenoshita Tamami
「家族の今昔物語」での第3弾として「女は旅である」を踊った演者の一人、竹之下たまみが作品に籠めた想いを語ります。
竹之下たまみ
「家族の今昔物語」という企画のもと、マドモアゼル・シネマは100年前に写真花嫁として海を渡った少女たちを描いた「女は旅である」の公演を行った。
場所は拠点であるセッションハウスと、数年前に縁があって繋がった和歌山県串本の田並劇場。串本は、かつてこの地から日本人が海外に旅立ち、移民として生活した人々が多くいる地域だと伺った。実際に串本で見た海は、晴れている日には日の光でキラキラと輝き、遠くの水平線がまっすぐで、その先には希望に溢れているように見えた。実際には移民として生活していく中で、過酷な労働と、戦争に巻き込まれて収容所生活も強いられる。写真花嫁たちの希望と勇気と絶望。陰と陽を同時に感じた。そして、そのような地域で、「女は旅である」を踊ることは、何か自分が歴史の語り部になったような、本当に100年前の出来事を経験したような、そんな不思議な感覚と責任を大きく感じた。
「家族の今昔物語」はその他に、鯨井謙太郒さんの「アーカーシャのうた」、笠井瑞丈さんの「喜びの詩」の2公演があり、いずれも脈々と続く家族の繋がりを感じる作品で、見終わった後にこれまでの歴史に思いを馳せたり、この先の未来を考えたりしつつ、時間の流れを身体で味わうことができた。
マドモアゼル・シネマ「女は旅である」
これらの家族物語で描かれるのは、何か偉業を成し遂げた人ではなく、普通の、市井の人々の話である。歴史は強者の視線で語られることが多く、声の大きな方が正義となりがちであるが、その裏には名もなき人々のたくさんの歴史が眠っていることを忘れてはいけない。
100年先というと、自分という形は残っていないかもしれないが、子ども世代・孫世代が関わる時代と考えると、さほど遠くはない未来の話。過去を知り、今を見つめ直し、未来を見据える。この企画は、ダンスがそのことを考えるきっかけとなる得ることを証明した。この意義ある企画に参加できたことを誇りに思う。





