Voice of Kasai Mitsutake
1998年以来舞台に立ち続けている笠井瑞丈が、試行錯誤しながらダンスの在り様を模索することへの想いを語ります。
踊り続けての25年を振り返って 一般社団法人セッションハウス企画室理事笠井瑞丈
初めてセッションハウスで踊らせてもらったのが1998年の二月でした。当時自分のソロ公演を行う小劇場を探していました。当時はインターネットも無かった時代でしたので、人の噂や、劇場に詳しい人の話を参考に、色々調べ、直接見に行ったりしました。そして見に行った中から、一番自分がピンときたのがセッションハウスでした。そして下見に行ったその日に、ここを借りると決めセッションハウスで初めての自分の公演を行いました。
思い返せば、当時は今と比べて小劇場というものがあちこちらにあった時代でした。それぞれが皆違う劇場の匂いを持ち、それぞれの特色みたいなものがありました。芝居が多い小屋、ダンスが多い小屋。もちろん両方やってる小屋もありました。劇場が独自の色の企画を立ち上げ、ダンス公演が行われていたり、フェスティバル形式の公演が行われてたりしてました。その中でセッションハウスは、本当に数えきれないほどの多くの企画を産み、途切れることなく現在も続けています。僕も本当に多くの企画に関わらせていただきました。その中で多くのダンサーとも知り合うことができました。小劇場は踊る場所でもあり、交流の場でもあり、そして新しいものが一番最初に生まれる場所でもあります。
しかし残念なことにここ数年、新型コロナウィルスの影響もあり、多くの小劇場が閉館してしまいました。そんなこともあり、ここ数年、自分でも何かできることはないかと思い、企画を考え、スタッフも自分で行い、天使館という稽古場で、不定期ですが年に何回か公演を行なう活動を続けてきました。稽古場主の笠井叡のソロ公演や、私が以前セッションハウスで行っていたナイトセッション、ダンサーとダンサーの即興公演など、天使館で行ってきました。今はだいぶ緩和されましたが、ここ数年前まではコロナの影響で、場所に人が集まるということが難しい時が数年続きました。ダンス公演もオンラインなどに変わり、劇場から人が離れ、人と人との交流もシャットアウトされ、観に行くお客さんの力も弱くなってしましました。そしてダンスの在り方そのものが変わってしまいました。時代とともに変化していくことは当たり前のことですが、これから未来に向けて、また小劇場から、この時代にあった新しいムーブメントが生まれてくることを信じています。
壊れたものからまた新たなもの作りだす。作るより壊す方が簡単です。作る方が数倍時間がかかります。でもそこにはまた生み出す喜びがあります。そんな喜びを噛み締めて、これからも。セッションハウスはじめ小劇場が盛り上がっていけたらいいなと思っています。
笠井瑞丈
ヴォイス・オブ・セッションハウス2023より抜粋